63 | たとひなま死ぢも 誰がつれて行きゆが この世やみなちゆて 一人さらめ |
タトゥヒナマシジン タガツィリティイチュガ クヌユヤミナチュティ ツィイサラミ | |
平敷屋朝敏 | |
自分がいま革命を起して死んでも、誰が一緒に死ぬ者があろうか。この世の中が暗黒になっても救済しようとする者はなく、結局は自分ひとりが死んでいくことであろう。 | |
蔡温は国頭地方の人民には、神の如く尊敬されていたようであるが、首里で親しく彼の行動を見ている者には、目にあまるものがあってらしい。国王の信任を得て、傍若無人の振舞いが、人の耳目をそばだたたしめた。丁度藤原氏が「この世をばわが世ぞと思ふ」という態度が見えたのであろう。平敷屋等の投書が発覚して、その一味が悉く処刑された時には、罪のない者まで流罪にして、蔡温がいかに冷酷な政治家であったかということを物語っている。 | |
哀傷歌 | |
哀傷歌 | |
無し | |
無し | |
参考文献 |
「増補 琉歌大観」 島袋盛敏 沖縄タイムス社 |